SPECIAL
CONTRIBUTION
2023.05.27
特集 寄稿文『自己表出の交差』
こんにちは。
今月の特集記事を任されました、放課後等デイサービスIncline職員のIです。
テーマは自由でいいので、今までの型に縛られず何か書いてくださいとのことで、今回こうして私がお話しさせてもらうことになりました。
さて、唐突なのですが、私は詩人で哲学者の吉本隆明氏が好きで、中でも氏の「芸術言語論」には大きな影響を受けました。
一体なんの話だと思われる方も多いと思うのですが、「芸術言語論」はとても示唆に富んでいて、今後皆様が様々なことを思考する上で、きっと何かのお役に立つと思いますので、お付き合い願えたら幸いです。
言語の根幹は沈黙にある
「芸術言語論」の面白いところは、言語の根幹は沈黙にあると考えるところです。
言語は一般に社会的に他者とコミュニケーションをとるためにあると思われていますが、それは言語の枝葉に過ぎず、本当の言語の根幹は沈黙だと、吉本氏は主張するわけです。
氏はさらに、言語を「自己表出」、「指示表出」と二つに分けます。表出とは表現のような意味で、「自己表出」とは、自己表現と捉えると分かりやすいですが、言語の外にはみ出してしまう、その言葉の辞書的意味合いの外の意味を含むようなものとでも言いましょうか。例えば、普段はぼくが一人称の男性が、恋人の前だけは一人称が俺になってしまう場合、その俺には単なる自分を指し示す一人称以上に、親愛や気安さなど、普段一人称として彼が使用するぼくの場合と、明らかに別の意味合いを持つわけです。これが「自己表出」になります。
反対にその言葉が他になにも意味を含まず、ただコミュニケーションのための言葉そのままのものとして指し示すもの、これが「指示表出」となります。
全ての言語は、沈黙をその根幹とし、コミュニケーションのための言語を枝葉とし、「自己表出」と「指示表出」を縦糸と横糸として折り合わされている。
沈黙と自己表出
ここで私が一番衝撃を受けたのは、芸術言語論では、言語の根幹である沈黙は「自己表出」にあたるということです。先ほど、表出とは表現というような意味だとお話ししましたが、つまり何もしゃべらず沈黙していたとしても、それは一つの表現であり、世界と彼はフィードバック的にその表現の影響を受けるというのです。
そのように沈黙を「自己表出」とする世界において、常に世界と自分とはフィードバック的な関わりを持ちます。必ず人間がある表現をすると、必ず自然は表現しただけ変化する。この表現活動というのはどのような、精神活動にも肉体活動にもいえます。誰ともしゃべらず読書ばかりしていた人間は、誰ともしゃべらず読書ばかりしていた人間になるし、常に人に対して優しく接している人間は、常に人に対して優しく接してきた人間になる。人間と自然との関係では、この表現と、相互作用の関係というのは常につきまとい、これを抜いて考えることはできないわけです。
Inclineで働いていて、私はよくこの芸術言語論の、沈黙と自己表出を思い出します。
Inclineでは、発語によるコミュニケーションをとることが難しいお子さんが、たくさんおられます。また言葉を話されるお子さんも、我々が普段使っている指示表出としての言語とは異なる、言葉の使い方をされる方が多いです。
しかし、日頃子どもたちと一緒に過ごしていると、彼らは彼らの沈黙の世界の中で、いかに豊かな自己表出をもち、内的世界を形成しているかが、よく分かります。彼らの自己表出は様々な形で現れます。歯でものを確かめる子、絵をただじっと眺めている子、パラパラ落ちる紙をまるで宝石でも見るように見ている子。子どもたちは、独自の自己表出で、世界と有機的に結びついています。
私たちが彼らの自己表出をどこまで理解してあげられているのか、それはわかりません。ただ、私たちが彼らの自己表出をどう受け止めるか、その姿勢によって、私たちの自己表出が形成され、私たちをそういう人間へと決定づけていきます。そうして作られた私たちの自己表出が今度は、接する子どもたちに影響し、彼らの自己表出に影響を与えます。
「no-de」とは交差点
吉本氏はある講演で(※註1)表現とは自然と自分、もっと広くいえば自然と人間との交通路だと述べています。
そして表現行為あるいは表出行為とは、拡大すれば全ての問題が含まれると。
我々、一般社団法人no-deの「no-de」とは交差点という意味です。その意味は、氏が表現とは交通路だと述べたときの、交通路と同じ意味合いでしょう。人と人とが相互に交ざり合って影響し合う自己表出。障害福祉の分野に限ることなく、地域のなかの人と人の有機的な関係をno-deは大事にしています。
道が交差するところに、美しい表現が生まれますように。
※註1(https://www.1101.com/yoshimoto_voice/speech/sound-a183.html)